羽海野チカ先生の代表作。美術大学に通う大学生たちの日常生活と、恋愛模様や仲の良い先輩後輩の友情関係などがコミカルに描かれています。ハチミツとクローバー(ハチクロ)の特徴は主人公がいないことだと思います。話の主観が次々と替わっていきながら物語の時が進んでいきます。したがって、登場人物がみな主役ともいえるので、それぞれの人物の背景や考え方などの描写が濃密で、どんな読者でも感情移入できるキャラクターがハチクロの世界には登場するでしょう。
そんな中でも読者が最も感情移入してしまうのは、竹本くんではないでしょうか。竹本くんは男子メンバーの中で最年少で、ハチクロでは竹本くんが大学1年生から就職活動に苦戦しながらも自分の進む道を見つけていく様子が描かれています。竹本くんは指先は器用ながらも性格は不器用で真面目。凝り性なところがあって、人のために熱くなれるところもある。そんな竹本くんが美大に入るきっかけは2巻の冒頭に描かれています。
自分に何のとりえがあるかも解らなかったが
手でモノを作る事はスキだと思えた
それだけを頼りに家を出た
ハチミツとクローバー2巻 10p
神さま
やりたいことがあって泣くのと
みつからなくて泣くのでは
どっちが苦しいですか?
ハチミツとクローバー6巻 85p
このように竹本くんは「自分には何もない、やりたいことがわからない」と悩み、才能豊かな森田さんやはぐちゃんと自分を比較し、堅実にお金を貯めている真山を尊敬しながら、自分を探します。そして、一歩一歩進んでいくことの大事さを体感していきます。そんな竹本くんの悩み、そしてその悩みに対してどのような道を進むことにしたのか、ぜひハチクロを読んで感じて欲しいと思います。
【おすすめ読者】高校生、大学生、社会人1~5年
おすすめポイント:高校生くらいになると、自分の意志をはっきり持っている人が周りに増えてきて焦りを感じたり、将来を踏まえて大学等の進路を自分で考える初めての機会が訪れる人も多いと思います。ハチクロは登場人物の心理描写が濃く、「大学生や社会人はこんなことを考えているのか」と参考になる点が多い作品だと思います。自分の意志が弱いなと思っている人は竹本くんを参考に自分を探してみてもいいかもしれません。
また、大学生にとっては竹本くんの就職活動での悩みがすごく共感できると思います。ただし、ハチクロを読んでも答え(やりたいことが見つからない人はこう生きればいい等)が書かれているわけではないので、「竹本くんはこんな答えを出したのか、では自分はどうだろう?」と考えると良いと思います。
社会人、特にサラリーマンはハチクロを読んで、竹本くんのように「自分が本当にやりたいことはなんなのか?」ということを立ち止まって考えると良いのではないでしょうか。やりたいことと仕事の内容が合致することが最も成果が伸びます。仕事の中に自分がやりたいことが見いだせる場合は、そこに注力するのも良いと思いますし、見いだせない場合は仕事を変えてみるのもいいかもしれません。
【読む前に知っておくと良いこと】
真山の携帯の着信音「ムーン・リバー」について。
ハチクロは読んでいてわからないような話は全くないのですが、一点だけ、事前に知っておくと、より深くハチクロの世界に浸れます。それが「ムーン・リバー」です。真山の携帯の着信音にしている曲で、真山の想い人のリカさんが仕事中に口ずさんでいた曲。ムーン・リバーは実際にある曲で、1961年公開の映画「ティファニーで朝食を」の中でオードリー・ヘプバーンが歌った曲です。
はるかに広がるムーン・リバー
いつか貴方を渡ってみせる
夢を与えるのも貴方 砕くのも貴方
私は貴方のあとについて行くわ
2人の流れ者が世界を見に旅立った
見たい物が沢山あるの
追い求めるのは同じ虹の向こう
虹の上で・・・待ち合せましょう
ムーン・リバーと私
映画「ティファニーで朝食を」
リカさんの死んでしまった旦那さんに対しての気持ちがまさにこの曲に表れているように感じます。真山はムーン・リバーがこのような意味の曲だと知ったうえで着信音に設定していたのでしょうか。